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札幌地方裁判所 昭和59年(ワ)5030号 判決 1985年6月28日

原告

古屋勉

ほか四名

被告

坂本健三

ほか一名

主文

一  被告らは各自、原告名古屋勉に対し金二〇五万〇七六八円、同古屋勲、同福島千代子に対し各金一六七万五七六八円、同古屋さとみ、同古屋寿宣に対し各金一五八万七八八四円及び右各金員に対する昭和五九年六月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告古屋勉に対し金四二七万円、同古屋勲、同福島千代子に対し各金二六七万円、同古屋さとみ、同古屋寿宣に対し各金二三三万五〇〇〇円及び右各金員に対する昭和五九年六月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五九年一月二五日午前一〇時一〇分頃

(二) 場所 札幌市西区八軒五条東一丁目先路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(札五七る三二〇九)

右運転者 被告坂本健三(以下「被告坂本」という。)

(四) 被害者 訴外古屋トノ(以下「亡トノ」という。)

(五) 態様 被告坂本は、右加害車を運転して本件道路上を時速約四〇キロメートルで進行中、右道路を横断歩行していた亡トノに衝突して同女を転倒させた。

(六) 結果 亡トノは、本件事故により後頭部挫創、右脛骨・右腓骨亀裂骨折等の重傷を負い、昭和五九年一月二九日午後六時四五分急性心不全により死亡した。

2  責任原因

(一) 被告坂本

被告坂本は、加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき本件事故によつて生じた原告らの損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告安田火災海上保険株式会社(以下「被告安田火災」という。)

被告坂本は、被告安田火災との間で、加害車両につき保険金額の限度を金二〇〇〇万円とする自動車損害賠償責任保険契約を締結した。よつて、被告安田火災は自賠法一六条に基づき、右保険金額の限度において本件事故によつて生じた原告らの損害を賠償すべき義務がある。

3  損害

(一) 葬儀費用 金一六〇万円

原告古屋勉(以下「原告勉」という。)は、亡トノのため葬儀を行いその費用として左記のとおり支出した。

(1) 火葬料、祭具一式等 金六〇万円

(2) 御布施、交通費、供物料、貸室料等 金一〇〇万円

(二) 慰藉料 合計金一〇〇〇万円

原告らは、後記(三)のとおり、それぞれ亡トノの子、孫であり、本件事故によつて亡トノを失い、甚大な精神的苦痛を受けた。原告らの精神的苦痛を慰藉するには各自金二〇〇万円、合計金一〇〇〇万円が相当である。

(三) 逸失利益 金二六八万円

亡トノは、事故当時八一歳であつたからその平均余命年数は七年であり、本件事故後少なくとも三年間家事労働を行なえたと考えられるところ、昭和五七年度における賃金センサスによると、女子労働者学歴計のきまつて支給する現金給与額は、月一三万五六〇〇円、年間賞与は三四万二二〇〇円であり、年収は一九六万九四〇〇円となるから、右年収額から生活費五〇パーセントを控除し、中間利息(三年の新ホフマン係数は二・七三一)を控除すると、亡トノの逸失利益は金二六八万九二一五円(その算式 一九六万九四〇〇円×〇・五×二・七三一-二六八万九二一五円)となるが、一万円未満を切り捨てる。

そして、原告勉、同古屋勲(以下「原告勲」という。)、同福島千代子(以下「原告千代子」という。)及び訴外古屋光夫(昭和五七年四月二六日死亡)はいずれも亡トノの子であり、原告古屋さとみ(以下「原告さとみ」という。)、同古屋寿宣(以下「原告寿宣」という。)はいずれも訴外古屋光夫の子で亡トノの孫に該り、他に亡トノの相続人は存しない。したがつて、原告らは、亡トノの死亡により亡トノの逸失利益を法定相続分に応じて、原告勉、同勲、同千代子においてそれぞれ四分の一(各金六七万円)、同さとみ、同寿宣においてそれぞれ八分の一(各金三三万五〇〇〇円)の割合で継承取得した。

よつて、被告ら各自に対し、原告勉は金四二七万円、同勲、同千代子は各金二六七万円、同さとみ、同寿宣は各金二三三万五〇〇〇円及び右各金員に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五九年六月二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の各事実は認める。

3  請求原因3はいずれも争う。ただし、亡トノと原告らの身分関係は認める。

三  被告らの主張

亡トノは、本件事故当時八一歳という高齢の上ネフローゼ、高尿酸血症等の内科疾患を有しており、亡トノの死亡はこれらの素因と本件事故とが競合して招来されたものである。したがつて、発生した損害から、内科疾患等の素因によつて生じた分はその寄与度に応じて控除されるべきで被告らにその全てを賠償すべき義務はない。

四  被告らの主張に対する認否

その主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)及び同2(責任原因)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  被告らは、本件事故と亡トノの死亡との因果関係を争うので、この点について検討する。

1  右当事者間に争いのない事実、いずれも成立に争いのない甲第一号証ないし第三号証、第一二号証ないし第一四号証(ただし、第一二号証、第一三号証は原本の存在と成立について争いがない。)、乙第一号証、原告千代子本人尋問の結果及びこれによつて成立を認める甲第五号証、原告勉本人尋問の結果及びこれによつて成立を認める甲第六号証、第二三号証、証人高橋二郎の証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  亡トノは、本件事故当時八一歳(明治三五年一二月三一日生)で、昭和五四年頃より気管支喘息、昭和五七年頃より狭心症等に罹患し、土田外科小児科医院(以下「土田医院」という。)に通院し治療を受けていたが、日常生活に特別支障があつた訳ではなく、原告勉方二階に住み、階段の昇降に助けをかりることもなかつたほか、家事を手伝つたり、一人で散歩や買物をするため外出するなど、むしろ元気に暮していた。

(二)  亡トノは、本件事故後直ちに土田医院に運ばれ、後頭部挫創、右脛骨・右腓骨亀裂骨折、全治約二か月の診断の下に土田医院から応急措置を受けた上、すぐさま札幌整形外科病院に転院され、同病院々長高橋二郎からも後頭部挫創、右下腿骨々折、右膝関節挫傷・捻挫、胸腰椎挫創(以下「本件受傷」という。)の診断の下に即入院の上治療を受けた。亡トノは、本件受傷のため起立歩行不能であり、ギプス固定され寝込み状態のまま、投薬、湿布等の治療を受けていたものである。

なお、入院時等の検査の結果、同女には前記狭心症や心臓肥大の心疾患以外に、ネフローゼ、高尿酸血症の内科疾患(亡トノには脳軟化症も認められたが、これは寝込みによるものと認められ、また、死亡の結果とも直接関係がないから、以下、ネフローゼ、高尿酸血症を指して、「本件内科疾患」という。)のあることが判明した。

本件受傷の治療経過は良好であつたが、亡トノは、本件受傷に起因する重度の外傷性循環不全(血管が拡張されて血圧が低下し全身に血液が十分回らなくなつた状態)をきたしており、昭和五九年一月二八日から翌二九日にかけて呼吸困難となつて心肺機能不全に陥り、同日午後五時頃には病状が急激に悪化し、ついに同日午後六時四五分急性心不全により死亡するに至つた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、高橋二郎医師作成の診断書(乙第一号証)には、本件受傷と亡トノの死亡との間には直接因果関係を有しない、との記載部分があるが、前掲甲第一二号証及び証人高橋二郎の証言によれば、右記載の意味するところは、本件受傷は一般的に死亡の直接原因となるものではなく、死亡に至る心不全を惹起する誘因となる可能性を有するものであるというにあることが認められ、右記載部分は(もとより証人高橋二郎の証言も)、本件受傷と亡トノの死亡との間の法的因果関係を否定する趣旨のものではない。

2  なお、前掲甲第一四号証、成立に争いのない甲第二〇号証、証人高橋二郎の証言及び原告勉本人尋問の結果によれば、本件受傷だけでは軽度の外傷性循環不全は起きても亡トノの場合のような重度のそれは起きないこと、ただ亡トノのように高齢でかつ本件内科疾患を有している場合には比較的重度の外傷性循環不全が起きやすいこと、重度の外傷性循環不全から、順次、心肺機能不全、急性心不全に至ることは一般的に起こりうることであり、ただ、本件内科疾患が存するためにそれぞれに至る確率は高くなること、なぜなら、本件内科疾患のうち、ネフローゼは腎機能を低下させ尿毒症をもたらす結果、脳に悪影響与え、最終的には心臓の機能を低下させるし、また、高尿酸血症は脳と心臓に動脈硬化を生じさせ、最終的には心肺機能不全をもたらすからであること、しかし、本件内科疾患は、亡トノを診療してきた前記土田医師さえ気づかなかつた程度のものであり、本件受傷がなければ、後記のとおり、そもそも本件内科疾患は顕在化しなかつた可能性が強いほか、臨床上現われた本件内科疾患は亡トノを直ちに死亡に至らせるという程度のものでは決してなかつたこと、高齢者が寝込むと、血液の循環が悪くなり、心臓及び肺に負担がかかつてその機能に悪影響を与えるなどして、その健康を阻害するが、本件においても、本件受傷によつて亡トノは寝込み状態に陥つており、このことによつて潜在化していた本件内科疾患が悪化し顕在化したにすぎない可能性があるほか、その心臓・肺の機能に悪影響を与えた可能性もあることを認めることができる。

3  右認定事実によれば、亡トノの死亡は本件事故による本件受傷に起因するものとみるのが相当であり、かつ右は相当因果関係にあるものと解すべきである。しかし、右認定の事実によれば、反面、本件内科疾患がなかつたならば、本件受傷によつても亡トノは死亡しなかつたものと推測できるのであるから、亡トノの死亡により生じた全損害を被告らに負担させることは不法行為の理念(損害の公平な分担)に合致しないといわれなければならない。そこで、亡トノの有していた本件内科疾患を被告らの負うべき賠償額の算定に当つて斟酌し、本件内科疾患の損害発生に対する寄与率に応じて賠償額を割合的に減額し、その限度における賠償額をもつて、本件事故と相当因果関係のある損害として被告らに負担させることとするが、前記認定の、本件事故以前の亡トノの健康状態、本件事故と亡トノの死亡との時間的間隔、本件受傷の内容・程度、本件内科疾患の特性及び重篤さの程度その他諸般の事情を考慮すると、本件内科疾患の本件損害に及ぼした寄与率を二五パーセントと評価するのが相当であり、被告らは本件損害のうち、七五パーセントを賠償するべきである。

三  原告らの損害について判断する。

1  葬儀費用 金五〇万円

原告千代子本人尋問の結果により成立を認める甲第四号証、第一一号証の一ないし一七及び原告勉本人尋問の結果によれば、亡トノの葬儀関係費用として、原告勉が金一六〇万円を下回らない支出を行つたことが認められるが、亡トノの年齢、家族関係その他一切の事情(この段階では、本件事故の寄与率を問題にしない。)を考慮して、このうち金五〇万円をもつて本件事故と相当因果関係ある損害と認めるのが相当である。

2  慰藉料 合計金一〇〇〇万円

本件事故の態様、亡トノの年齢、同女と原告らの身分関係その他諸般の事情を考慮すると、原告らに対する慰藉料は各金二〇〇万円、合計金一〇〇〇万円とするのが相当である。

3  逸失利益 金九三万七四三四円

(一)  前記二で認定した事実、前掲甲第五、第六号証、第二三号証及び原告千代子、同勉各本人尋問の結果によれば、亡トノは、原告勉、その妻よし子、同人らの子、亡トノの子及び同人の子千登勢の五名とともに原告勉方に同居していたこと、原告勉は原因不明の病気(手足の麻痺等)に罹患し、入通院をくり返しており、よし子は勤務につく傍ら、家事の大半をこなしていたこと、亡トノは、原告勉方の留守番、集金に対する支払のみならず、食事の仕度の一部、千登勢及び帰宅中の原告勉の世話など、家事労働の一端を担つていたこと、よし子は、亡トノの死亡により家事に専念する必要が生じ、退職を余儀なくされたことが認められる。右認定の事実(特に家事労働の内容、量)に前記認定の、亡トノの死亡時の年齢身体的状況等を合せて考慮すれば、同女の就労可能年数は一年、その労働は、昭和五七年度賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・女子労働者学歴計に基づく六五歳以上の年間平均給与額である金一九六万九四〇〇円に価するものとみるのが相当であるところ、右金額を基礎に生活費五〇パーセントを控除し、更に新ホフマン式により中間利息を控除してその逸失利益を計算すると、金九三万七四三四円となる。

(算式)

一九六万九四〇〇円×(一-〇・五)×〇・九五二=九三万七四三四円(円未満切り捨て、以下同じ)

(二)  原告らの主張にかかる亡トノと原告らとの身分関係については、当事者間に争いがない。したがつて、亡トノの死亡により、同女の逸失利益を法定相続分に応じて、原告勉、同勲、同千代子においてそれぞれ四分の一(各金二三万四三五八円)、同さとみ、同寿宣においてそれぞれ八分の一(各金一一万七一七九円)の各割合で承継取得した。

4  以上によれば、原告らの全損害は、原告勉において合計金二七三万四三五八円、同勲、同千代子において各合計金二二三万四三五八円、同さとみ、同寿宣において各合計金二一一万七一七九円となる。

5  以上の原告らの損害額に前記二で説示した、亡トノの死亡に対する本件事故の寄与率七五パーセントを乗じて、被告らの負担すべき原告らの損害額を算出すると、原告勉において金二〇五万〇七六八円、同勲、同千代子において各金一六七万五七六八円、同さとみ、同寿宣において各金一五八万七八八四円となる。

四  以上の次第で、原告らの本訴請求は被告ら各自に対し、原告勉において金二〇五万〇七六八円、同勲、同千代子において各金一六七万五七六八円、同さとみ、同寿宣において各金一五八万七八八四円及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和五九年六月二日からそれぞれ支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度でそれぞれ理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中嶋秀二)

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